2025/04/26
心と体の関係を調べる研究をしていると、なんとなく「やる気」とは何なのかが見えてくる(と勝手に思っているだけかもしれない)。
私たちの研究は、脳の島皮質(とうひしつ)を研究している。この島皮質は、体(末梢)から迷走神経などを通して、体の状態をモニターし、それを「感情」に変換する働きを持っている。例えば、寝不足でからだが動かないときには、「眠たい、疲れた」という感情を発生させ、やる気を低下させ、体を休めようとする。つまり、生命を守るために、やる気を低下させ、休みを取らせ、体の疲れをとるようにしようとさせる。
脳の島皮質は、体からの情報を感情に変化させるだけでなく、
(1)脳のON状態とOFF状態を切り替える役目
(2)脳の情報の流れをコントロールするGateKeeperの役目
を持っているとされている(MenonやUddinのグループの研究によるTriple Network Theory)。これらの役目に、「身体の状態をモニタし、感情に変換する」という役目もある事を考えると、島皮質は、
「体の状態をモニターし、調子が良いときには脳をON状態にし、脳の情報の流れをスムーズにする。体の調子が悪いときには、脳の状態をOFF状態にし、脳の情報の流れを少なくする。」
という「種の保存(命を守る)」や「恒常性維持」のための機能があるのではないかと考える。島皮質の活動が不調になり、ずっとOFF状態が続くとうつ病になり、逆に、ずっとON状態が続くと「見えないものが見えてくる(幻視)」、「聞こえないものが聞こえてくる(幻聴)」といった統合失調状態になるとされている(MenonやUddinのレビュー)。
このようなことを考えると、結局、体の状態が心の状態に大きな影響を与えるということになる。良い運動、良い食事、良い睡眠が体の調子を整え、島皮質がその状態をモニターし、「今日は調子いいぞ」と意識化させ、脳を活性化させる。昔、小学校の頃の昭和の時代に「健全な魂は、健全な肉体に宿る」と言われて、「なに戦前みたいな事を言っちょるんか?今は戦後じゃろうが。」と思っていたが、体を整えることはどうも心にとってすごく大切なようだ。
ランニングをすると布団に入ってすぐに眠れる。オジさんなのに10時間以上眠れるが、腰が痛くなって残念ながら起きてしまう。ランニングをするとオジさんなのに空腹でお腹がなる(オジさんなので人に聞かれてもで恥ずかしくはない)。サプリは成分を調べると色々な副作用があるので、ビタミン剤だけにして、普通の食事から必要な栄養素をとるようにしている。プロテインはやめて、豆乳を投入してる(豆乳投入は某メーカのパッケージに書いてあった)。運動を軸にすると、良い食事、良い睡眠につながるように思う。
島皮質の研究をしているもうひとつ島皮質がよく反応するものに出会う。それが「報酬」。報酬研究は昔からあるが、すごく頭の良い人たちが行っている印象があったので(線条体や報酬確率やら色々数式が出てくるので「こりゃ数学で共通一次を失敗した俺には無理だ」と思った)、報酬には手を出すつもりはなかったが、快・不快の研究を始めたときに、快として報酬を与えたら大きな反応が脳波(SPN)に出た。それがきっかけで、報酬条件の実験に加えるようになった。
ある時私が尊敬する名古屋大学の有名な脳研究の先生が「学生を指導するとき、叱る割合は、褒めるのが10回に対して、叱るのが1回」と言うのを聞いて「この先生すごいな」と思った。ちょうど、罰と報酬の扁桃体への影響を調べているときで、罰に対して扁桃体は早く・強く反応するけど、報酬による反応はゆっくりと遅くなっていた(Yoshida, Kotani et all., NeuroReport
)。いわゆるNegativity Biasで、褒めるよりも叱る方が強い効果があるという結果と一致していたので、さすがこの先生は違うなと思った。
最後は、「叱るな、褒めろ、コミットさせろ」にたどり着いたが、褒めること、「結果ではなく努力した=コミットしたプロセスを褒めること」は本当に重要なんだなと思う。「結果がすべて」は、「やる気の喪失」への近道だと思う。
また昭和に戻るけど、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらないと、人は動かないよ」という主旨のことを言った昭和の有名人がいたけど、私の研究結果からみと正しいように感じる(また、戦前で残念だけど)。
ちなみに、小さな子供の頃は歩いたり走ったりお使いに行ったりするだけで、周囲のおじちゃんおばちゃんがたくさん褒めてくれたけど、オジさんになるとさすがに誰も褒めてくれない。なので、自分で自分を褒めるようにしてる。
島皮質研究からわかったことは、心の健康=やる気を保つためには、「良い運動、良い食事、良い睡眠、そして自分を自分で褒める」ことということになるのかもしれない。
最近、研究室の学生にお小言を言ったら、「先生、うちの研究室の方針は、「叱るな、褒めろ、コミットさせろ」でしょ!」と素敵な笑顔で返された。
「素晴らしい! そんな切り返しができるようになったなんて、素晴らしすぎる! さすが我が小谷研の学生!」と感動した。